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2014年より、コラム連載を書かせていただいてるインド初無料日本語情報誌【月刊チャロー】
今日は5月号に掲載された記事をお届けします*

《妄想と瞑想》
ネパールから日本に戻ってきてよく感じることのひとつは、
日本人は不安を抱えながら生きている心配性の人が本当に多いなぁということ。

それじゃあ私自身不安に感じることが全くないかと言うともちろんそんなことはないのだけど
ネパールではお金がなくて家に屋根がつけられない人も
バイクの事故で片足を失ってしまった人もケラケラ笑って鼻唄歌って踊って暮らしていて
“ない”にフォーカスしだしたらキリがない、
それより足るを知ることが幸せなのだと教わった。

わたしにとって幸せの価値観が大きく変化した出来事がある。
初めてインドを旅した10年前、ダラムサラでのヴィパッサナー瞑想との出会いだった。
ヴィパッサナー瞑想とはインドの最も古い瞑想法の一つで
ヴィパッサナーという言葉は“ものごとをありのままに見る”という意味をもつ。
瞑想法には数多くの流派があるけれど、ヴィパッサナーはその中でも特に厳しい。
インドだけでなく、ネパール・日本(京都・千葉)世界各地にヴィパッサナー瞑想センターがある。

ヴィパッサナー瞑想センターでは10日間の瞑想コースに参加することができる。
その間、動物性の食品・酒・タバコ、人と会話・目を合わせること・触れること、
施設内からの外出、テレビ、電話、インターネット、文字の読み書き、
趣味全般(音楽を聴くこと・スポーツ・写真撮影・楽器等)
これら全ての行動が10日間禁止されるのだ。
そして4:00起き21:30就寝という規則正しい生活を送り、毎日12時間瞑想をする。

これらの修行料・宿泊料・食費は寄付でまかなわれているので、一切請求されないというのも驚きだった。
すべての経費は、コースを終了しヴィパッサナーから恩恵を受けた人たちの
“他の人たちにもこの機会が与えられるように”との思いから行う寄付によってまかなわれている。
瞑想の指導者も運営・調理のメンバーも何ら報酬を受け取らずボランティアスタッフとして参加しているのだ。

私の場合、コース参加後最初の数日間は瞑想どころじゃなく、妄想に苦しんだ。
穏やかに座っていたいのに、過去の思い出や未来の想像が絶え間なく押し寄せてくるのだった。
思考を止めようと思っても、他に気をそらすもの(人との会話・携帯など)
が何もないとさまざまな思いが勝手にむくむくと湧き上がる。
頭の中というのはなんて忙しいのだろうと初めて気がついた。
そして体の動きを止めて座っていることができても
頭の中の動きを止めることはなんと難しいのだろうと痛感した。

あちこち彷徨っている思考に気がついたら
そのたびに自分の呼吸に意識を向け“今とここ”にフォーカスを戻すの繰り返し。

まさに思考の大デトックスだった。
後半になるとようやく思考を止められるようになってきた。
今までに体験したことのない穏やかで安心感に包まれた世界で
自我も時間も重さも何もない、まるで粒子になったような感覚だった。

そしてヴィパッサナー瞑想を経験したあとのわたしは
10日間の自己観察を通して余分な思考が削ぎ落とされてちょっぴりシンプルになり
以来ネガティブな妄想をほとんどしなくなっていた。

将来のことを考えると不安…
老後のことを想像すると不安…
ちゃんと子育てできるか不安…
転職してもいい仕事が見つかるか不安…
チャレンジしたい気持ちはあるけれど失敗しないか不安…
今日あの人にあんなこと言っちゃったけど気を悪くしていないか不安…

その不安、全て妄想ですよ。
それよりまずやってみよう。
それも不安を取り除きたいという思考ベースのアクションじゃなくて、心の底からワクワクすることをね♪
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2017.05.01 Mon l ネパールの生活 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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